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2015年2月28日土曜日

放射能と薪の話(3)――ADRに訴える

使うことも、棄てることもできない。再三の訴えにも、誠意ある対応をされなかったNさんは、ADR(裁判外紛争解決手続き)に訴えることにしました。
汚染された可能性のある薪をお持ちの方にも、そうではない方にも、ぜひ読んでいただきたいレポートです。
(『ママレボ』出版局/吉田千亜)

◆原発ADR(原子力損害賠償紛争解決センター)とは?

 原発ADRとは、東京電力との直接交渉で合意できない場合や、賠償されない場合、あるいは、裁判では手続きがむずかしい場合などに利用する機関です
 原発ADRに訴えられる項目のなかには、所有しているものの価値が下がった(あるいは、なくなった)ことの賠償」が含まれています。

Nさんは、東電に直接「薪をどうしたらいいのか」と問い合わせましたが、「薪を洗って使うのはどうか」という、とんでもない回答が来ています(放射能と薪の話1)。その後測定した結果、環境省が定める基準値の10倍以上であることがわかり、使用できないことも判明しました。そのことを訴えた行政からも、きちんとした対応がなされませんでした(放射能と薪の話2)。

 悩んだ末、Nさんは「泣き寝入りしたくない」と、原発ADRで薪の損害賠償を請求することにしました。お金の問題からではありません。これまで訴えても何もなされなかったことを、きちんと形にしようと考えたからです。

◆被害を被害と認められない仕組みこそが問題

 いちばん問題なのは、情報が公開されていないということ。薪の放射能濃度の測定値は、開示請求をしなくては、出てこなかったものです。
薪について自家消費者・販売業者含めて「40ベクレル/kgを超えるものは使用しないように、あるいは売らないように」伝えていると、福島県の林業推進課の担当者は話していました。けれど、実際のところ、周知されているとはいえません。
そもそも、測定値が公表されていないのですから、目の前にある薪の放射能について、一般の薪利用者は想像すらしないでしょう。ほとんどの利用者は、事故以前と同じように使っているようです。Nさんの近所でも、かつてと同じように使用している家庭がほとんどだといいます。

「その薪、使わないんだったらもらうよ」

と言われて困惑した、という話も聞いています。
また、良心的な販売業者のなかには、ロットごとに測定をしているところもありますが、それをうたって販売しているところはほとんどありません。
情報が公開されていないことによって、行政が周知しさえすれば避けられる住民の被ばくの可能性を放置したまま4年。しかも、徐々に忘れられています。
 あえて公表していないのではないかと指摘したくもなりますが、もしそうではないのなら、今後、きちんと測定値をホームページなどでも公表し、住民に注意を喚起しつづけてほしいものです。

 ふたつ目に問題なのは、国の定めた基準値と、東電や行政機関の対応のねじれです。
環境省が規制している数値を超えた薪が流通している可能性と、環境省が指定廃棄物として定めている8000ベクレル/kgを超える焼却灰が自宅の居間にある可能性があるにもかかわらず、東電も行政機関も、住民からの訴えに対して責任を認めようとしていませんでした。まったく筋が通りません。

1度目の回答は、「自主的避難等対象区域の賠償額に含まれている」

 Nさんは、自分の所有する薪の価値がなくなった、ということを訴える書類を作り、状況を説明する写真を添付、原子力損害賠償紛争解決センターに届けました。
薪の長さを測り、総量を算出します。
薪を測定するNさん


さらに、薪を購入した場合の金額を算出して賠償請求しました。その金額は、およそ100万円。

 1度目の回答は、書類の提出から1か月後にありました。そこでもまた、東電の不誠実な対応がありました。

「中間指針追補・二次追補(平成242月・平成2412月)において、自主的避難等対象区域内の住民には、すでに損害賠償金として18歳以上または妊婦以外の人には一人あたり8万円、18歳以下および妊婦の方には一人あたり40万円を支払っているので、その賠償金と、薪の損害金は相殺されるため、不要ではないか」

「既に支払っている」と主張


という見解です。
 Nさんは、あきれてしまったといいます。

 「『薪は洗って使え』なんて言ったのに、今度は、あの少額の賠償金は薪だけの被害のために支払ったとでも言いたいのかな……」
 
2度目の回答は「いちばん安い薪の値段で計算すべき」!

 Nさんはあきらめずに、再度、自宅の薪の放射能濃度の測定値や写真を送り、交渉を続けました。

 さらに1か月後、再び東電からの回答が届きました。そこに書かれていたのも、被害者を被害者として扱わない姿勢が見て取れるものでした。
Nさんの薪は、知人が山の木を切ったときに譲り受けたものでした。東電側はそのことを指摘し、賠償する責任がないのではないか、と言ったのです。

「買っていないだろう」

「買っていないなら、損害はないだろう」


冒頭にも書きましたが、損害には所有しているものの価値が下がった(あるいは、なくなった)ことの賠償」が含まれます。どこから入手したか、無料だったかどうかは別の話です。現に、Nさんには、薪ストーブを使用することができなくなっているという被害もあります。遠方から薪を取り寄せるという選択肢もありますが、それも、新しく発生する不必要なはずの出費です。

さらには、

「譲り受けたものであれば、販売されているものよりも劣った薪であると思う。したがって、算出するにあたり使用している1本ごとの金額は妥当でない。もっとも安い値段で計算すべき」
「質が悪いだろう」「もっと安いだろう」

「もっと安いことを考慮すべき」


と、指摘までしてきたと言います。

Nさんは、

「もう、あきらめたほうが楽なのではないか」

と泣くような思いをしながら、再び書類を提出したのです。





放射能と薪の話(4)――和解案の提示/薪だけの話ではない に続く






2015年2月24日火曜日

放射能と薪の話(2)――棄てることもできない

放射能と薪の話(1)では、公表されていない薪の汚染データについて書きました。今回は、棄てることもできない薪の現状をレポートします。
(『ママレボ』出版局/吉田千亜)

◆自前の測定の結果は、470ベクレル/kg

 郡山市に住むNさんは、自宅の薪ストーブの灰の近くで、16マイクロシーベルト毎時という空間線量の測定値が出た日(20116月)以来、薪ストーブを使用することはなくなりました。しかたなく、灯油ストーブで福島の寒い冬をしのいでいます。
東京電力の担当者は「洗って使えばいいのでは」などと無責任なことを言い、市の職員は「前例がない」と言い放ちましたが、Nさんは、それでも市にかけあいつづけていました。
2014年、知人のはからいで、Nさんは自宅の薪を測定することができました。粉砕し、食品と同じやり方で測定します。
住民は、そう簡単に薪を粉砕・測定することができません。だからこそ、粉砕して測定した行政機関のもつデータはたいせつなのですが、その測定値を公表していないということは、「放射能と薪の話(1)」で、開示請求した測定データとともに詳しく述べました。

Nさんの薪の測定結果は470ベクレル/㎏。使用してよいとされる基準値、40ベクレル/kg(以下)の、10倍以上です。

Nさんの薪の測定値。470Bq/kgと100Bq/kg。
どちらも使用してよい基準値を大きく超えていた

 Nさんはその測定結果をもとに、再度市にかけあいました。きちんと数値を証明したのだから、片づけてほしいと訴えたのです。

◆少しずつゴミに混ぜて捨ててください・・・!?

 郡山市の職員は、測定値を見てふたつの選択肢を提示しました。
 ひとつは、「民間の業者を派遣する」ということ。もうひとつは、「少しずつゴミに混ぜて棄てる」ということ。
 前者は、お金がかかります。しかも、みずからお金を払って廃棄せよということです。
後者は、焼却灰の放射性セシウム濃度が8000ベクレル/kgを超えると指定廃棄物として国が処分しなくてはならないので、薄めてしまいましょう、という発想です。
 Nさんは、あっけにとられたといいます。

「そんなことを言われても、どちらも選べませんよね……」

以前、記者は、いわき市在住の方からも「高濃度のゴミは、少しずつ生ゴミに混ぜて出してくださいと言われて、驚いた」という報告を受けていました。住民が「そういう問題だろうか」と疑問を抱くのも、当然です。原発から出ている汚染水の処理と、同じ発想――。
「どうしても一度に片づけたいのなら、軽トラックで、クリーンセンター(清掃センター)に持ってきてくれれば片づけます」市の職員は、最後にそう言ったそうです。

◆汚染されている大量の薪を抱えて運ぶのは、いや

 Nさんの薪置き場は、以前、空間線量を測る、ホットスポットファインダーで測定させていただいたことがあります。他の場所よりも高く、いちばん高いところでは1マイクロシーベルト毎時を超えていました。薪の表面近くでも、0.50.7マイクロシーベルト毎時ありました(2013年、冬)。


薪置き場の近くの放射線量(地表15cm)

 Nさんは

「もうこれ以上被ばくしたくないと思っているのに、大量にある薪をすべておなかに抱えて軽トラに載せる作業をするのは、もういやだと思った」

と言います。それは、当然のことだと思います。

「結局、市民があきらめるのを待っているんだろう」

Nさんは、こんな結論に達したといいます。
丸太を長さ40cmに切りそろえ、さらにオノで割ってこつこつ蓄えてきた薪は、もう使うことも、棄てることもさえできないのです。

◆誰のため、何のための「除染」なのだろう

 2014年の秋、Nさんのお宅に「除染」作業の順番が回ってきました。事故から3年以上たちましたが、これでも「比較的、空間線量の高い地域」として、早いほうなのだといいます。
 廃棄すらできない薪は、Nさんの敷地内に、まだありました。
 Nさんは、除染に来た業者に、

「薪を何とかしたいのですが・・・」

と相談しました。
すると、
「除染は、敷地や宅地の『地面』だけが対象であって、その上にあるものは対象ではないのでわかりません」
という、驚くべき返事が返ってきました。

「『除染』って、空間の線量を下げるためにやっていると思っていたのに、薪をどうするか決まっていないので、対応できません、と言われました。何もしなければ、薪のまわりの線量は下がらないのに……。
もう、行政も、徹底的に私たちが泣き寝入りするのを待っているとしか思えない……」

Nさんは、ここでもまた、きちんとした対応をしてもらえなかったのです。



放射能と薪の話(3) ――ADRに訴える に続く